被災地 南相馬市大町病院での看護師奮闘記~②現場看護師の葛藤と活躍

気持ちが決まらなければここで生きていけない

日々増えていく患者に対して、看護師の人数は明らかに不足していました。
職員の疲労はピークに達しており、一刻も早い人員確保はまさに大町病院にとっての生命線だったのです。しかし、藤原さんは迷います。

「ここで仕事をしていいのか?」
「放射線の危険があるところにスタッフを呼び戻していいのか?」
迷いを断ち切り、人を集める決心がついたのは「大町病院の看護部長である以上は、病院を存続させること、地域医療を守ることが自分の仕事だ」と、気持ちが決まってからでした。
避難していた職員から連絡が入ったのは、そのすぐ後のことです。
「部長さん、私どうしたらいいんでしょう」彼女の質問に、藤原さんはこう答えます。
「どうしたらいいって、戻ってきなさい。ここの職員なんだから。私が答えるのはそれ以上でも以下でもありません」
「辞めても良いよって私が言ったら、部長が言ったから辞めたことになって自分で決めたことにならない。自分で決めなかったらここでは生きていけない」
部長は冷たい、話が分からない、という声も聞こえました。しかしそれは、「持っているものがあるから譲れないということ」なのだと藤原さんは語気を強めます。

幸せの黄色いハンカチ

藤原さんの呼び掛けに応じた職員が復帰するにつれ、病院の雰囲気が少しずつ変わり始めました。しかし、震災前の状態にはまだまだ程遠く、課題は山積み。藤原さんは様々な施策を考案、実行し、1つずつ問題を解決していきます。管理者の育成、スタッフの教育・・・中でも、東京から就職フェアのバスツアーに参加した看護師を受け入れた際のエピソードは、大町病院の皆さんの人柄を物語っており、とても印象的です。

「しみったれた顔してたら東京から看護師は来ない。みんなで出迎えるわよ!集合!」という藤原さんの掛け声とともに、職員が一致団結。
「部長、何色が良いですか?」「何色が良いって、『幸せの黄色いハンカチ』じゃない?」そんなやり取りから生まれた黄色の横断幕に『歓迎 ようこそ大町病院へ』と記し、職員全員で東京からのバスを出迎えました。
驚いたのは東京から来た看護師たちの方。荒廃した街並みに大きなショックを受け、悲しみに暮れた彼らの目に飛び込んできたものは、被災地の看護師たちの満面の笑顔でした。バスツアーの業者も、「バスの中も暗かった。(現地に来て、その歓迎ムードに)びっくりした」と驚きを隠せなかったといいます。

大町病院の職員自らが、希望の光となって被災地を照らしたのです。

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被災地 南相馬市大町病院での看護師奮闘記

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